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日本人の食生活解析

はじめに
 日本の食生活は経済成長と共にこれまでの米を中心とした日本型食生活から欧米など世界中の料理、ファーストフードや健康食品というものを自由に取捨選択し、食べたいときに好きなものが食べられる豊かな自由型へと変った。このような豊食(飽食、崩食)の時代になると共に、アレルギー、がん、生活習慣病、認知症などの増加といった新たな課題が出現してきた。
本稿では、最新の主な食生活事情について分析・考察を行った。

1.食生活の変遷と食のあり方
 現代人は、食あるいは栄養に関する科学的な知識は殆ど持ち合わせることなく、好きなものを好きなときに好きなだけ、あるいは今あるものを寄せて食べる傾向が増えている。食生活はと言えば少子・高齢・核家族化の進展と共に「こ食」(孤食、小食、固食、個食、粉食、濃食、戸食など)が習慣化している。このような生活習慣は成人並びに次代を担う子どもたちの学習・記憶・体力の低下、免疫能の低下、対人技術の発達障害などと言った心身の問題や生活習慣病、摂食障害などを誘発し、さらに、これが体質として次代へも引継がれかねない。これらの現状を鑑み、最も重要な課題が乳幼児期から生涯にわたっての「食」のあり方である。

2.多くの病気が食源病
 日本人の免疫能はこの数十年間で低下してきている。免疫の中心である胸腺は酸化ストレスや加齢によって萎縮し、免疫能が低下する。これが、近年の生活習慣病、がんや自己免疫性疾患、感染症などといった様々な病気の発症要因の一つとして広く指摘されている。その主たる原因が前述した戦後の食生活の劇的な変化が挙げられる。すなわち、私たちの住む地球には時間的リズムがあるように、生体にも同じ時間のリズムがある。一日のリズム(概日リズム)には生命を維持するのに重要な働きとなる睡眠、自律神経、免疫、内分泌、摂食(食生活)などの各リズムがある。これらリズムの中心となっているのが「食」である。近年、この「食」を中心とした生活習慣の変化が生体のリズムを変え、肥満、心筋梗塞、脳卒中、糖尿病、がんなどの生活習慣病が起こることが分かってきた。その原因の主なものとして、食塩と脂肪の摂取過剰と食物繊維、ミネラル類の摂取不足が挙げられる。したがって、これらの疾病は食が原因で発症する「食源病」といっても過言ではない。

3.日本人の食生活の実態と次代を担う子どもの食育
 厚生労働省が毎年行っている国民健康・栄養調査の結果を基に食生活の実態を解析した結果、免疫能に重要な影響を及ぼすタンパク質の摂取量は男・女共に生涯にわたって大きな変化が認められなかったが、タンパク質をどの様な食品群から摂取しているかを年齢別にみると、40歳代以降から肉類と魚類の摂取量が逆転することを見出した。すなわち、若年者は肉類、中・高齢者は魚類の摂取が高いことでタンパク質摂取が生涯にわたって保持できていることがわかった。一方、米国人の食生活パターンは生涯のタンパク質源を肉類に依存し、これが加齢と共に摂取量が減少することで1日に必要なタンパク質摂取量が減少する。この減少は免疫力の低下を惹き起こす。これが日米の寿命の差となっているのかもしれない。
 一方で、我われは日本人の中・高齢者の血中微量元素濃度を測定した結果、免疫能および抗酸化能に影響を及ぼす銅、亜鉛、セレン、マンガンなどが加齢に伴って減少する傾向を見出した。さらに、これら元素の変動が不定愁訴や循環障害などの各種自覚症状と関係していることを見出した。これらの結果をもとに、中・高齢者が抗酸化・免疫能を強化する微量元素やビタミン、フラボノイドなどを多く含む豆類、野菜、果物、魚介類などを積極的に摂取することによって、これらの自覚症状がなくなり、ますます健康寿命の延伸を図ることの可能性を見出している。
 これらの結果に対して、現代の子どもが将来高齢者となった場合に、現在の高齢者と同じような食事摂取パターンとなるかについては疑問である。すなわち、味覚や嗜好は乳幼児期に形成されるためである。したがって、安心・安全な食物を選別できる能力、食物の大切さを知る能力などを小児期に育てることは重要である。

4.免疫能を高める栄養素・食品の解析
 各種酸化ストレスからの防御を目的として、我われは食品中に含まれるミネラルやビタミン、フラボノイドなどの抗酸化成分を胸腺(免疫)細胞に投与し、活性酸素の消去能について検討したところ、各抗酸化物質によって細胞内外での抗酸化能力が異なっていることを見出した。このことは、抗酸化成分の効果的な摂取法として、細胞内外にて抗酸化作用を発揮する成分を摂取することの方が、細胞を酸化ストレスから防御するにはより効果的であることを示す。事実、細胞内外にて抗酸化能を発揮するフラボノイド(ルテオリンなど)を多く含む野菜(ピーマンなど)を高齢者に食べていただくという介入試験を国立健康・栄養研究所の研究倫理規定にしたがって行った結果、摂取前(介入前)と比較して摂取後(介入後)は抗酸化能および免疫能は統計学的に有意に上昇することを見出している。

5.日本型食生活の変遷と栄養行政
 日本人の食生活は主食、主菜、副菜、汁物で構成されているが、主食としては米を中心とした食生活が連綿と引き継がれてきた。そこから誕生したのがみそ汁、漬物、塩蔵品といった米と合う塩分と砂糖の多い食生活である。しかし、今日のITおよび乗り物社会といった運動量の少ない社会構造が確立してから肥満を始め、がん、心筋梗塞、脳卒中、糖尿病など欧米に多い病気が我が国でも増加するようになってきた。これに対して、厚生労働省は「健康日本21」、「健康増進法」など様々な政策を打ち上げ、健康に対する対策を行ってきたが、現在までに成功したと言えるのは禁煙と減塩政策である。これら健康増進行政の基本は「栄養」「運動」「休養」の三位一体の遂行であることはいつの時代も変わらない。

6.最新食生活事情~糖質摂取制限に関する話題
 最近、糖質摂取(白米やパン、麺類など)を制限すると肥満、糖尿病(1型、Ⅱ型)などの生活習慣病だけでなく、妊娠糖尿病、がん、アルツハイマー病や認知症、虫歯、歯原性菌血症などが改善・予防されるといった書物が現在の食生活に対する混乱を惹き起こしている。いわゆる糖質ダイエットと称されるものである。これに対する異論・反論も多く、安易に信用することは控えたい。これら多くの話題には科学的根拠に欠けているのもあり、それらの課題は医学・栄養学・食品学等の学会、厚生労働省・農林水産省などの行政側で話題・議論すべき内容であり、これを国民に直接一般書物などマスメディアを通して訴えることは国民の不安を煽るだけでなく、食行政を混乱させるだけであり、売名行為とも受け取らわれかねない。これら内容については専門家の間でしっかりと議論し、科学的に確立したものを一般国民に公表すべきである。また、今日様々なダイエット法がメディアを通して宣伝されているが、もしもダイエットなど自分の食生活を変えたい場合には、必ず信頼できる人と相談することが大切である。このように、日本の食事事情が混乱している現代社会においては糖質、タンパク質、脂肪の摂取比率などを含めて、早急に総合栄養学的な観点から生涯にわたっての日本型食生活と健康について医学、農学、栄養学、経済学、工学などの広領域分野にて科学的に再検討する必要があると思われる。

7.望ましい食生活の在り方
 「食」は国家の基盤、文化や教育の根幹であることから、国は国民が生涯にわたって健全な心身を培い、豊かな人間性を育む事ができるよう、家庭、学校、地域社会における食育推進行政を徹底してほしいものである。「食育」は「職育」であり、各々のlife stageにおいて知力、体力、抵抗力、作業能率、正しい判断力、感性を育むために不可欠な教えである。人間の一人ひとりのゲノム(遺伝子)の差は0.1%であり、これが免疫など様々な個体(人)差となっている。したがって、年齢、性、運動量、作業量、各ストレス量、体質などが各個人によって異なるように、食事の質と量も当然異なってくる。望ましい食生活とは、個人個人が正しい知識を持って、賢く食事を楽しむことである。それによって、酸化ストレスも減少し、免疫能が強化され、健康寿命の延伸が図られる。我われは、「今こそ」栄養学・食品学の知識を身に付け、一つの栄養素・食品におけるミクロ的な視点ではなく、総合栄養といったマクロ的な視点から自分自身の食生活について真剣に考える必要がある。厚生労働省などの公的機関は国民に対する正しい栄養教育の一層の普及が望まれる。

おわりに
 戦後70年間で日本社会のあり様が著しく変貌し、今後もさらに変化していくものと思われる。いつの時代も生命・健康維持において最も重要なものが「食のあり方」である。正しい「食生活」を維持・継続することによって生体のリズムが構築され、知識や技術の向上が図られる。さらに、健全なからだや精神(感謝)という個人レベルの健康だけでなく、健全な社会が構築され、延いては国家が元気となる。また、「食」に対する知識を得ることによってからだと心を大切にし、生きる術として大切な善悪の判断、感謝し奉仕するといった素直な心を持つ。さらに、前向きに生活の工夫を行う知恵などを持ち、将来を夢見るこころを持つようになる。内容の貧しい食事であっても団欒のある楽しい食生活や四季の旬のおいしい物を食べた時の自然と笑みがこぼれる幸福感・こころのゆとりが得られ、そこからさまざまな知恵が伝承されることを忘れてはならない。(近藤雅雄:平成28年3月2日掲載