指定難病「ポルフィリン症」診断法の開発、患者発見に対する熱い思い

1.研究のきっかけ
 骨髄性プロトポルフィリン症の子どもの患者さんと28歳時に出会ってから約40年近く、ポルフィリン症の研究を行って来ました。私が研究を始めた1970年代、ポルフィリン症の診断技術は今とは異なってかなり未熟でした。ポルフィリンの測定は溶媒抽出法が主流で、測定に関わる試料の量は尿が50ml、血液は10mlを最低必要としました。しかも、測定できるのはウロポルフィリン、コプロポルフィリン、プロトポルフィリンの3種類でした。さらに、その3種類のポルフィリンはいずれも厳密に分離することができず、正確な量を知ることは困難でした。さらに、測定にはポルフィリンが光で分解することから、暗い実験室での分析が必須で、その時間は約1日を要しました。したがって、ポルフィリン症の診断には高度な技術、費用、時間がかかることから、殆ど国内では行われず、研究者もいませんでした。そのために、ポルフィリン症の診断は大変遅れ、病院外来においても診断できないため、病院を何カ所も変えたり、または誤診される確率が非常に高い病気でした。この病気は生後の生活習慣による光照射、ストレスや医薬品などの薬などによって発症・増悪するので、早期発見することが何よりも大切です。診断法の開発が急がれました。
ポルフィリン類

2.診断技術の開発
 そこで、これらの難点を一つひとつ解消するために、当時のポルフィリン標準物質を用いて、ポルフィリンの微量迅速測定法の開発を試みました。それは何よりも、ポルフィリン症の診断法を確立したいという熱い思いの下、各種分析法の検討に入りました。漸く、1970年代後半、血液、尿、糞便・組織中のポルフィリン類の分析法として、血液及び尿10μℓ、糞便・肝組織50mgといった微量試料を用いて、生体内に存在する全ポルフィリン類(約20種類あります)をほんの数10分で測定できる高速液体クロマトグラフィーを用いた画期的な自動微量迅速分析定量法を開発しました。この開発には、当時日本分光工業(株)の富田さん(故人)を中心に多くの分析の専門家の協力によって確立することができました。

3.遺伝性ポルフィリン症の確定診断
 我が国で初めて、ポルフィリン症の診断法の研究が行われると同時に、全国の医療機関からポルフィリン代謝異常が疑われた患者さんの尿、血液、糞便試料中のポルフィリンの分析依頼が殺到、もしくは全国医療機関に出かけて患者さんの試料を採取させていただきました。この1978年~2007年2月の約30年間に、総検体(試料)数は約5000に上り、ポルフィリン症の疑わしき患者数は1400例以上に上りました。この内、遺伝性ポルフィリン症として確定診断されたのは、以下の203例でした。

 その内訳は『先天性骨髄性ポルフィリン症11例(男性M=7例、女性F=4例)、骨髄性プロトポルフィリン症39例(M=29例、F=10例)、ALAD欠損性ポルフィリン症1家系6例(M=4例、F=2例 )、肝骨髄性ポルフィリン症2例(M=2例)、急性間歇性ポルフィリン症73例(M=11例、F=62例)、異型ポルフィリン症14例(M=2例、F=12例)、遺伝性コプロポルフィリン症14例(M=8例、F=6例)、ハルデロポルフィリン症1例(M)、晩発性皮膚ポルフィリン症43例(M=39例、F=4例)』です。

 これに、最大の恩師である浦田郡平先生(元国立公衆衛生院部長)、及び共同研究者の工藤吉郎先生(元聖マリアンナ医科大学教授)によって見出された遺伝性ポルフィリン症を加えると約250例になります。これら遺伝性ポルフィリン症については、1920年に日本で初めて報告されてから2010年までの約90年間に926例が報告されていますが、この内、我々が見出した患者数は実に27%に相当します。
 1970年~1990年代、ポルフィリン症研究は一部の志のある教授によって次々に発見され、ポルフィリン症研究に多大な貢献が成されました。中でも、野中薫雄先生(元長崎大学医学部教授)を中心としたグループは教授室に教授自ら分光光度計を設置し、光線過敏症で診察に来た患者さんの尿からポルフィリンを片っ端から測定され、その結果、合計約50例の骨髄性プロトポルフィリン症(EPP)と晩発性皮膚ポルフィリン症(PCT)を発見し、患者の治療法の研究を行っていたと聞いています。また、佐々木英雄先生(元山形大学医学部教授)を中心としたグループは教授自ら東北を駆け回って、遺伝性コプロポルフィリン症(HCP)を発見し、我が国のHCPの殆どが先生らによって発見されました。

4.その他のポルフィリン代謝異常症の診断
 一方、遺伝性のポルフィリン症ではありませんが、ポルフィリン代謝異常症の疑いによって医療機関から検査依頼された疾患として、『鉄欠乏性貧血症15例(M=0例、F=15例)、Dubin Johnson症候群25例(M=10例、F=15例)、Rotor症候群2例(M=2例)、鉄芽球性貧血症59例(M=36例、F=23例)、鉛中毒症5例(M=3例、F=2例)、ヒ素中毒症6例(M=2例、F=2例)、カネミ油症3例(M=1例、F=2例)、ピロール中毒症22例、βタラセミア2例(M)、骨髄異形成症候群6例(M=3例、F=3例)、赤白血病1例(M)、再生不良性貧血症1例(F)、色素性乾皮症 2例(M)、ヘモクロマトーシス1例(M)、急性肝炎15例(M=10例、F=5例)、肝がん8例(M=6例、F=2例)、肝硬変症8例(M=6例、F=2例)、伝染性軟属腫1例(M)、伝染性膿痂疹1例(M)、先天性赤血球異形性貧血(CDA)2例、Refractory anemia with an excess of blasts (RAEB) 2例、Primary acquired refractory anemia (PARA) 4例、Primary acquired sideroblastic anemia (PASA) 13例、遺伝性球状赤血球症、遺伝性楕円赤血球症、腎不全患者、てんかん、精神性疾患等々』の多種類の疾患患者からポルフィリンの測定を行いました。測定に際しては、ポルフィリンだけでなくクレアチニンやヘモグロビンなども測る同時に、これら疾患の病態、症状、発症機序、診断、治療をも同時に勉強しなければなりません。
 測定の結果は、勿論、遺伝性ポルフィリン症ではありませんでしたが、何らかのポルフィリンの代謝異常があることを見出しました。これら疾患の中でも肝障害と造血障害では殆どの疾患でポルフィリンの代謝異常が存在することがわかりました。今や、これら疾患の病態生化学機序解明に重要な知見となっています。
 さて、私が研究機関を退職した2007年以降、現在までに、ポルフィリン症の研究者も急激に少なくなり、確定診断に必須なポルフィリン測定を行う研究・検査機関も殆ど無くなってしまったのが現状です。今後、国の「指定難病」承認を機会に、研究者及び検査機関が増えることを切に願っています。(近藤雅雄:ポルフィリン症診断法の開発に対する熱い思い、2015年7月7日掲載)