伝統医学と日本の医療の方向

 戦後の急速な社会変化から、次代に向かっての社会と共に歩む幅広い医療の改革が進められている。一方で、世界各地で伝統医学従事者を中心とした「伝統医学(traditional medicine)」を見直す機運が起こっている。こうした中で、日本の伝統医学の今後の方向性を考える動きも起こり始めている。

1.世界での伝統医学の現状 
 西洋医学はギリシャ、ロ-マで発祥し、そしてそれが西洋に芽生えた伝統医学の一つである。この西洋で誕生した一伝統医学である西洋医学が今日の世界の主流をなしてきた背景の一番大きな要因は近代科学的手法(分析的手法)を取り入れるのに成功したことによる。すなわち、西洋医学では、臨床と基礎の各研究がうまく合体し、その成果は現在の多くの病気の原因やその発症機構を明らかにし、病気の診断・治療・予防など医療のあらゆる面で大成功を収めてきた。この事実は誰も否定することはできない。
 しかし、近年の病気の多様性や文化の多様性から(原因の明らかでない慢性的な疾患、ストレスなどの精神的な要素が反映される疾患、再発性疾患などは西洋医学的手法では困難な場合が多い)、これまでの近代科学的手法に基づいた西洋医学だけで、全人類的医療が行えるかの疑問が世界中で沸き起こってきた。そこで、近年、世界各地の伝統医学、民族医学を見直そうとする機運が国際的に起こってきている。
 中国では数千年の歴史を有する中国医学主体の医療から、文化大革命(1966~1976年あるいは1977年)以降、西洋医学と中国伝統医学の融合政策に政府が積極的に推進し、一応の成功を収めている。しかし、近年の急速な経済発展・開発に従い、此れまでの中国の伝統療法に変わって西洋医学が主流になりつつあることは否めない。
 一方、他国ではしだいに積極的に民族医学を取り入れ、その土地、風土に合った医療を推進しようとする国が増え、国際機関も積極的にこれを支援する方向にある。すなわち、現代西洋医学以外のすべての医療を含む多種多様な治療法である補完・代替医療が急速に進展している。日本では漸く他国での伝統医学を含む代替療法の調査・研究が行われ、現代の医療に活用するためのプロジェクトが動きだし、伝統医学(東洋医学:主に漢方)を正規カリキュラムに取り入れているところも増えてきた。しかし、これらはすべて医師教育(日本では、医師はすべて大学の医学部での医学教育を受けたものだけを指す)の一環として取り組まれており、一般的に東洋療法に携わる専門家(あん摩マッサージ指圧師、鍼灸師、柔道整復師などの治療師)の身分は残念ながら極めて低い。その最大の理由は、わが国の医療行政が西洋医学の医師主体の構造国家として機能しているためである。

2.欧米での民間医療ブ-ム(代替・補完医療)の背景
 1998年に米国国立衛生研究所(NIH)に国立補完代替医療センター(NCCAM)ができたことをきっかけに広まり、世界各地で現代医学を補完・代替する医療として利用されている。1999年の11月に米国・ワシントンで「第1回チベット医学国際会議」が-伝統医学と西洋医学の対話-と題し、世界中から2500人の参加で開催された。日本でも、1998年に「日本代替・相補・伝統医療連合会(JACT)」、2000年「日本統合医療学会」などが結成され、伝統医学および補完・代替医療(complementary medicine, alternative medicine)が世界的なブ-ムにあることは事実である。このような背景としては、これまでの西洋医学主体の医療は①検査、薬などの医療費が高く、副作用が多い、②即効性があるが、病気の局所しか診ない、③検査の結果が中心で全体(とくに患者のこころ)を診ない、④貧しい人は西洋医学にかかれない、⑤医師の職業意識に対する個人差が大きい、⑥その土地の風土・文化に則した医療が欠けている、⑦患者の健康・医療に対する意識の高まりなどであるが、その最大の根拠は⑧医療費の高騰と思われる。そこで、現在、厚生労働省、医師会を中心とした病気の予防、健康増進という健康政策が民間企業および国民における健康医学ブ-ムを起しているものと思われる。

米国と日本の現状
 米国では6種の医療職 ①医師 ②歯科医、③オステオパス、④カイロプラクタ-、⑤ポタイアトリスト、⑥検眼師があり、これらは大卒あるいは短大卒後4~6年の専門課程の履修を経た後授与される学位であり、学位取得後に国家試験にパスして免許を受けなければその業務が行えない。この内、日本的な感覚で、いわゆる普通の医者と呼べるのは医師とオステオパスであり、投薬・手術を含む人体に対するありとあらゆる医療行為が法的に認められている。検眼師は眼科医の業務から投薬・手術を除いたものすべてを行うことができる。ポタイアトリストは足の医者で、足のみを治療の対象として、麻酔を含む投薬及び手術も行うことができる。
 一方、米国で生まれたカイロプラクティクは、今日では多くの国で正規医療の一部となっている。カイロプラクタ-は一般的診断権とX線撮影権を持ち、州によっては簡単な外科手術や死亡診断書の作成なども認めているが、自由競争・独占禁止を国是とする米国ならではの住み分けぶりといえる。さらに、米国では「インディアン伝統医学」、「仏教医学」、「アロマテラピ-」が現在静かなブ-ムとして広まっている。

 日本では国家資格として国が一般開業(独立)権を認めた職種として、歯科医師以外に、あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師、柔道整復師があり、日本の伝統療法と言える。このうち、指圧は昭和15年に現在の日本指圧専門学校浪越学園の前身である指圧学院を設立した浪越徳治郎氏によって普及され、現在に至る。柔道整復術は日本古来固有の伝統医療、民間療法、代替医療であり、柔道整復師は、骨折・脱臼・打撲・捻挫の治療を行うことができる。ただし、これらの療法については、医師はすべてについて実施可能であるが、日本独自のこれら伝統療法の発展並びに治療師からなる医療行政の今後の進展が期待される。

3.日本の医療の方向性
 米国ではアメリカ人の健康づくりをまとめた米国健康政策の指針である「ヘルシーピープル2000」が10年ごとの見直しで米国保健社会福祉局より提出された。一方、日本の医療も西洋医学を基軸に進化してきたが、米国と同様に近年の生活習慣病を始め慢性疾患の増加に関連した健康政策が重要視されるようになり、米国に追従した形で、厚生労働省から「健康日本21」と題し、21世紀における国民の健康寿命の延伸を実現するための新しい考え方による国民健康づくりの策定に対する取り組みが行われるようになった。
 また、これまでの医療は、プライマリ・ケアについては軽視の傾向であったが、プライマリ・ケアの専門医として、2013年4月に厚生労働省は「総合診療専門医」という新しい専門医を養成・認定することを決定した。2017年から後期研修がスタートし、2020年に新制度の下で、初めての専門医が誕生する。すなわち家庭医(family doctor)制度とも言える。これによって、①患者中心の医療、②家庭志向型のケア、③地域包括プライマリ・ケア、④健康問題の心理社会的アプローチ、⑤共感できる人間関係の維持・強化等が図れることが推測される。
 したがって、これからの医療は各種疾病に対する治療対策は勿論のこと、健康向上・疾患予防(予防医学)という概念が大きく広がってきていることは癌、生活習慣病の概念でもすでに証明されていることから、これを家庭医にて個人の健康管理を徹底しようとする時代にあると言える。
 一方、日本独自の伝統療法の充実についての対策は未だにみられない。これを早急に充実させ、西洋医学と東洋医学(日本の伝統医学)の両者の発展を目指した日本独自の総合医療の発展を期待したい。
参考文献:①今西二郎編集:補完・代替療法、金芳堂、2003、②葛西龍樹著:医療大転換―日本のプライマリ・ケア革命、ちくま新書、2013、③アンドルーワイル著、上野圭一訳:癒す心、治る力、角川書店、1995年。(近藤雅雄:平成27年9月2日掲載)


主な世界の伝統医学
①中国:中国医学(気功などを含む:黄帝内経、神農本草経、傷寒論を基本典籍とする)漢方、鍼灸、チベット医学、太極拳など、②インドその他:ア-ユルヴェ-ダ、ユナニ、ヨガなど、③ミャンマ-:ビルマ伝統医学(土着医学)、④インドネシア:スクン・バイ(伝承治療薬:ジャムウ、ウコン)、⑤アラブ諸国:ユナニなど、⑥アフリカ:薬草学など、⑦欧州諸国:アロパシ-、ホメオパシ-、鍼灸、温泉療法、カイロプラクティク、アロマテラピ-など100 種類以上、⑧米国:インディアン伝統医学、カイロプラクティクなど、⑨日本:あん摩マッサージ指圧、柔道整復、鍼灸など

補完・代替医療の種類(今西二郎編集:補完・代替療法,2003)
①食事・ハーブ療法:栄養補助食品、絶食療法、花療法、ハーブ療法、菜食主義、メガビタミン療法、②心を落ち着かせ、体力を回復させる療法:睡眠療法、瞑想療法、リラクゼーション、バイオフィードバック、イメージ療法、漸進的筋弛緩療法、③からだを動かして痛みを取り除く療法:太極拳、ヨガ、運動療法、ダンスセラピー、④動物や植物を育てることで安楽を得る方法:アニマルセラピー、イルカ療法、園芸療法、⑤感覚受容器を介した療法:アロマセラピー、芸術療法、絵画療法、ユーモアセラピー、光療法、音楽療法、⑥物理的刺激を利用した療法:温泉療法、刺激療法、電磁療法、⑦外力で健康を回復させる療法:指圧、カイロプラクティック、マッサージ、オステオパシー、リフレクソロジー、頭蓋骨調整療法、⑧宗教的療法